嫌われる勇気再び

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コルフレッド・ラビラーこと小兎です(👈調子のりすぎ)

今日は数年前に大ブームを期した本の紹介させていただきます

あ

それは「嫌われる勇気」です

この本は知っている方も多いことだと思いますが、アルフレッド・アドラーの心理学の著書となります

アドラーはフロイト、ユングとならぶ「心理学の三大巨頭」の一人であり、ユングと違いフロイトとは友人、知人のような関係だったそうです。しかし、思想の違いから一緒に心理学の研究をすることをやめ、自身の心理学を解いていった偉大な心理学者のなのです

あ

この自己啓発の源流ともいわれる「アドラー心理学」を数年前のブームの時も書店で手に取り、即購入し読んだ私ですが、なぜ今になって再び読み返そうを思ったのか

それは、精神科に勤めながらトラウマや承認欲求、劣等感等、いろいろな悩みを持っている方々を目の前に今一度、違った視点から見直してみたいと思い、「そういえばアドラー心理学の本がうちにあったな」とうことで再度読み返したわけです

実際には読むのは3回目になりますが、毎回何か自分を変えられるような気にさせてれる本ですね

両学長の自分原因論もこのアドラー心理学に似ているという人も中にはいるようですね

近いところもあるのかな

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概要

概要としましては、青年と哲人の対話形式で展開していく、とても読みやす本になっています

悩みを抱えた「青年」がカウンセラーである「哲人」のところに相談に来たところから始まり、哲人はアドラー心理学にのっとって青年勇気づけをしていく話となっています

しかし青年は、自分の生き方、考え方、自分の常識、世間の常識をまっるきり覆すアドラー心理学に腹を立て、認められず哲人に暴言を吐いたり、罵ったりと憤慨するのです。

そんな青年が憤慨している横で哲人は穏やかに、アドラー心理学の教えを話していきます

そんな教えに腹を立て、自分の意見を主張しながらも少しずつアドラー心理学を理解し始め、生き方を変えていこうとする青年

嫌われる勇気とは一体どういこうとなのか、「人はこの瞬間から幸福になれる」そういことが完結できる一冊です

目的論

アドラー心理学では「目的論」を主張します

これはいわゆる、人間にはトラウマなどないということです

例えば、「昔、父親に殴られたから、親との関係が悪い」

これはつまり、殴られたという「原因」によって親との関係が悪いという「結果」になるわけですね

フロイトの「原因論」ですね

しかし、アドラーの目的論では

親との関係が悪くあることの「目的」のために、父親に殴られたことを持ち出している

というわけなんです

始めから難しい議題です

か

つまり、親との関係を修復しないほうが自身にとって都合が良い、父親との関係を悪いことにしておけば自分の納得のいかない人生に言い訳がきくという「目的」のために、殴られたエピーソードを出しているということです

さあ、全然納得いかないですよね

青年が憤慨するのも、理解できますね

劣等感

アドラーといえば「劣等感」のイメージも強いのはないでしょうか
劣等感の話もこの本には書かれています

劣等感は「主観的なものである」「劣等感はもつころは悪いことではない」等話していますが、

ここで終わりではないんですね

あ

劣等感をもつことに対して否定したくなる人は多いでしょう、しかし劣等感持つことは決して悪いことではなく「劣等コンプレックス」に気をつけなければならないということです

はい、聞き慣れない言葉がでてきましたね

さらに劣等コンプレックスははさらに「優越コンプレックス」を引き出すことがあるそうなんです

またもや、聞き慣れないですね

ちなみに劣等感≠コンプレックスです

劣等感とコンプレックスは同じ意味ではないのです

ここを勘違いしないでください

劣等コンプレックスというのは「AだからBできない」と言い訳にして問題を回避してしまうこと

優越コンプレックスは、偽りの優越感に浸ることになります
簡単に言うと、嘘の成果を口にしてた人よりも上に立とうとすることです

あk

さあ、だんだんと面白くなってきましたね

人の悩みはすべて対人関係

これも大変面白いところになりますね

結論から言うと、この世に自分一人しか存在しなければ悩みなど起きないといことです

この世に一人というと、孤独感や寂しさを感じるかもしれませんが、それも他者が存在しているから感じること

つまり、初めから一人ならばそんな概念も生まれないのです

対人関係といえば社会における人と人との関係です。会社、学校、ママ友等どんなに小さくても対人関係は存在します

一人で行う仕事であっても、そこには消費者がいて、さらに仕事道具を買う時店に出向き、店員と接する
そして、仕事場を得るために、例え自宅であってもそこを借りるためには人を介さないといけない

どんな状況にあってもこの世の中では対人関係は必須であり、人の悩みというものは対人関係しかおこらないものなのです

課題の分離

本のなかではこの「課題の分離」というものは親と子で表されています

勉強のしない子供に親は介入してはいけない

怒ってもいけなし、褒めてもいけない

ただ、支援を求められた時に援助できる準備だけはしておく

つまり、勉強せずに困るのは子供自身の責任であり、親の責任ではないのです

おあ

これに関しては色々言いたくなりますよね

本の中で青年も同じように憤慨しておりました

大丈夫です、哲人が静かにどういうことなのかを説明してくれます

承認欲求はしてはいけない

これは私も欲しいものの一つですが、アドラー心理学では「承認欲求は不自由をもちいる」と言います

誰かに認められたい、褒められたいという生き方は、誰かの人生を生きることであって自分の人生ではないというのですね

親に認められたいから勉強する、先生から褒められたいから頑張る、上司に気にられたいから媚びを売る

そんのは相手の人生に操られて、相手の人生を生きている過ぎない

アドラーはそういうわけです

これに関して理解することはとても大変なことだと私は思っています

実際、職場では患者さんに対して、受け入れられる体験を目標にすることが多い、そしてその承認欲求が患者さんたちの症状を軽くさせる

このアドラー心理学でいうならば、患者さんたちは私たちの人生を生きていることになる

なんとも理解することに時間がかかりそうな心理学です

共同体感覚

これこそがアドラー心理学の芯になってきます

さらに難しくなっていきます

青年は言う「課題の分離をして、相手の問題に介入せず、さらには相手に認めてもらいたいとも思ってはいけないなんて、誰とも仲良くせず、自分のことばかりを考え、自己中心的なわがままな人間のすることだ!」と

しかし、哲人は言う「他者から自分がどうみられているかを気にしてばかりいる人こそ「わたし」にしか関心をもたない自己中心的なライフスタイル」なのだと

そして、世界の中心は自分ではない、この大きな宇宙の一部だと言う

宇宙!?

これが共同体感覚なのです

つまり、皆共同体の一部

上も下もない

横の関係なんだと

さあアドラー心理学が見え始めてきましたね

あ

横の関係、それはだれにも従服しない、上司も親も先輩もみな横の関係であり、縦の関係にしないということ

か

上司にタメ口なんかきけないよ!

か

そういうことではありません、人を敬うと従うとでは別問題なのです

そこで劣等感の話に戻ります

劣等感は縦の関係からしか生まれないのです

「あの人の方が上だから私はあの人よりダメだ」

こうならないのが、横の関係ですね

上や下で物事をみると劣等感を感じ、そのまま劣等コンプレックスになってしまいます
そして、対人関係に亀裂がはいります

か

そうならないように横の関係にするのです

そう、みな共同体の中の仲間だと、そしてその共同体にしている所属感こそが大切なのです

所属感?

所属感とは「ここにいてもいいんだ」「私はこの共同体に必要な人間なんだ」
そういう風に思えるこそが所属感ですね

「承認欲求を求めてはいけないのに、所属感なんてどうやって感じることができようか!」

わかります

ほとんどの人は誰かから認められることによって、「ここにいていんだ」と思うはずです

人に頼られるからこそ「自分は必要な人間なんだ」と自己効力感が上がるわけですよね

しかし、アドラー心理学では違います

承認欲求もなく、所属感を生み出すことができるのです

そこで、必要な要素が3つあります

  • 自己受容
  • 他者信頼
  • 他者貢献

この3つのキーワードこそが幸福になるための要素なのです

簡単に説明します

まず、自己受容

これは自己肯定と勘違いしやすいところですが、全然違います

自己受容とは、「できない自分」も受け止めるということです

自己肯定は「あと1週間勉強すれば、自分だったらもう少しいい点がとれたのに」です

1週間勉強したならばということではなく、60点なら60点の自分を受け入れるのです

そうすれば、次頑張ろうと思える気持ちも生まれるでしょう

しかし、もう少し勉強していたらと考え自分自身で自分を肯定し、今の自分を否定することによって次へのステップアップには繋がらなくなります

どんな自分でも受け入れる、配られたカードで勝負するしかないということです

あ

そして、他者信頼です

どんなことがあっても人を信頼することです

どんなに悪い人でも?という問いが飛んできそうですが

それも、もちろんこの本の中に書かれています

信頼した末に裏切られることもある

これはそこにでもある話です

しかし、裏切られると思う相手を付き合うか付き合わないかは自分の課題

裏切るか裏切らないかは相手の課題なのです

信頼したならば、それは自分の課題であり、相手を恨んでも仕方ないのです

相手の課題は私たちにはわからない、しかし自分は信頼し続ける

たとえ裏切られたとしても

あ

さあ、他者貢献です

これは見返りを求めずに相手に尽くすことですね

これこそが、所属感にもっとも必要だと言ってもいいでしょう!

自分は誰かの役にたっている

これは認められるとかではなく、人のために貢献していくことこそが幸福へとつながるのです

他者貢献によって見返りを求めることは承認欲求とかわりません

ひたすらに貢献しまくるのです

あ

自分自身を受け入れ、他者を信頼し、ひたすらに貢献する
これこそが自由になれる、幸福になれることなのです

つまりは難しい

何言ってるかわからないですよね

そうなんです、アドラー心理学は理解するのに時間がかかるんです

2、3年勉強しただけでは、理解しがたいのです

しかし、これを理解でき、実行に移せば幸福になれるのです

あ

説明するのも本当に難しい

今一度、アドラー思想について考えていきたいと思います

あー頭つかった

ではでは

おやすみ

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